主力事業を強化する為、その他の事業を閉鎖する決断をした経営者。しかし、適切な「経営リソースの配分」を導き出す為には、事業毎の「競争環境」や「事業ライフサイクル」に関する分析が必要だった。
この記事では、経営支援の事例を取り上げ、経営や事業運営に関して問題を抱えた状態をどのように変化させる事が可能なのかについて紹介します。事業に携わる方で、問題が解決した先が見えずに悩まれている方に参考にして頂ければ幸いです。
支援前の状態
- 複数の事業を行っており、それらの事業は「メイン事業(主力事業)」と「サブ事業(主力事業以外の事業)」の2つの事業グループに分けて管理されている。
- それぞれの事業グループに分類される事業の数は半々という状態であるが、会社の売上の大部分はメイン事業によるものである。
- メイン事業の各部門が必要とする投資額は年々増加してきており、近々、資金が足りなくなる事が予想された。
- 経営者は、メイン事業が必要とする資金を捻出する為、サブ事業を全て閉鎖しようと考えている。
支援内容と支援後の状態
①
この会社の経営者は、メイン事業の為に、サブ事業の全てを閉鎖する計画を立てていました。これは、メイン事業が必要とする資金を捻出するという目的の他に、メイン事業に経営資源(人材など)を集中させる意味もありました。
メイン事業は、数十年続いている事業ばかりであり、どれも会社を代表する事業でした。これに対して、サブ事業は小粒の事業ばかりであり、社内では「新規事業」として扱われていました。
この為、この会社では、「メイン事業の為であれば、サブ事業を閉鎖するのは当然」と考えられていました。
しかし、主力ではないとはいえ、複数の事業を閉鎖していくのは容易ではありません。問題が起きないように、閉鎖計画を注意深く検討していく事になりました。
②
なお、閉鎖計画の検討を行いながら、同時に、会社全体の今後の計画についても検証させて頂く事にしました。経営者は、「サブ事業の閉鎖によって、今後も会社を成長させていく事は可能」というお考えでしたが、その点について懸念があったのです。
そして、計画の検証を行った結果は、経営者を驚かせるものになりました。
「この会社のメイン事業を維持していく為には、今後も大規模な資金投入が継続的に必要になる」という事が解ったのです。
追加の資金投入が出来なくなった場合には、競合他社に売上は奪われ、「自社がマーケットから退出させられる可能性が高い」という事も解りました。
この結果を受け、今後の対策を練る為に、改めて、サブ事業も含めた全ての事業が置かれている競争環境についての詳細な分析が行われる事になりました。
③
そして、競争環境に関する分析からは、「メイン事業とサブ事業では、競争環境が大きく異なる」という結果が出ました。
メイン事業については、各事業が所属しているマーケットの大きさの拡大が止まっており、限られた需要を奪い合う状態である事が解りました。しかし、競争相手は未だ多く、自社よりも規模で勝る競合他社も多い状態でした。結果、生き残っていく為には、今後も厳しい競争に絶えなければならない事が予想されました。
近年、以前よりも多額の投資が求められるようになっていたのは、競合他社との競争が激しくなっていた為でした。成長が止まったマーケットにおいては、競合他社との間で差を付ける事が難しくなっており、他社と比較して「顧客に選ばれる」存在になる為には、以前よりも多額の投資が必要になっていたのです。
④
逆に、サブ事業の多くは、マーケットの規模こそ大きくないものの、未だマーケットの拡大が続いており、今後の事業の進め方によっては、利益率の高い商売が出来るようになる可能性がある事が解りました。
そして、うまく知名度を上げる事が出来れば、マーケットにおける「トップ企業のポジション」を勝ち取り、今後の商売を優位に進める事が出来る事業すらある事が解りました。
将来性の事だけを考えれば、「サブ事業を閉鎖する」という決断は、会社にとってマイナスであると分析された事になります。
ここまでの分析が終わった段階で、難しい判断とはなりますが、経営者には決断をして頂く事になりました。「当面のメイン事業の維持の為に、本当にサブ事業を閉鎖するのかどうか」という決断です。
⑤
難しい決断であったとは思いますが、検討された結果、「サブ事業の閉鎖は行わない」という結論が出されました。
この決断は、「メイン事業の売上が今後維持出来なくなる可能性が高い」という事を意味していました。この為、社内には悲壮感が漂いました。
しかし、悪い話ばかりではありません。今回の分析を行った事で、実はメイン事業の多くでは、顧客との関係は既に構築し終えている事が解りました。これは、「各事業において必要だと考えられていた莫大な宣伝費用の一部は、減少させても売上に大きな影響は出ない可能性が高い」事を意味していました。
⑥
すなわち、各事業の担当者は、「現在の売上を維持する為には、事業を拡大している時と同規模の宣伝費用を支出し続けなければならない」と考えていましたが、その認識は間違いであったのです。
その後、確認の為に、メイン事業の一部において、宣伝費用を一部カットする実験が行われましたが、結果は、予想通りでした。すなわち、宣伝費用を減らしても売上に影響は出ませんでした。
そして、この減額によって生まれた資金を使って、サブ事業の一つ(特に知名度の上昇が重要な局面にあると分析された事業)の為に集中的に宣伝を行ってみた所、その事業の売上が急上昇する結果を確認する事が出来ました。
この実験結果によって、「メイン事業の一部の費用は削減可能であり、その資金をサブ事業に振り分ける事で、サブ事業を大きく発展させる事は可能である」という事を、この会社は理解する事が出来ました。
⑦
そして、この会社は、この試みを拡大させます。
すなわち、「売上への影響が比較的小さいと分析されたメイン事業の費用を減少させる」という事と、「浮いた資金を将来性のあるサブ事業に活用する」という事を、全事業において実行していったのです。
この作業を試行錯誤しながら続ける事で、この会社は、サブ事業を従来の予想を大きく上回るペースで成長させる事に成功しました。会社を支える「次の主力事業」の候補を生み出す事に成功したのです。
当社から見た解説
①
事業の置かれた環境は時間と共に変化していきます。そして、それに応じて、投じるべき費用(投資)も変化させていく事が求められます。
「事業の成長が強く期待される時期において、十分な費用を投じる必要がある」という事までは、多くの経営者が理解している事です。
しかし、その事業の成長が止まった後、「過去に伸びてきた費用を減少させていく」事については、社内の反発などもあり、適切に行えていない会社が少なくないのが現実です。
しかし、それが出来なければ、「過去に投じた費用を回収する」という当たり前の事の実現が難しくなります。そして、「次に資金を必要としている事業に必要な資金を提供出来ない」という事態にも繋がります。
②
今回の会社のケースでも、今、資金を大規模に投じる事で成長が見込めるのは、新規事業の方でした。しかし、会社の意思決定においては、「主力事業に携わる社員の意見が通りやすい(声が大きい)」という状況がありました。
このような状況の中で、経営者が各事業の置かれた環境について冷静に分析し、そして、不要な所から資金を引き揚げ、そして、本当に必要としている所に資金を割り当て直す事は容易な事ではありません。
しかし、それを実現させ、「本当に資金が必要な所に、必要な額を提供する」という事が、会社の成長には求められます。
今回のケースでは、この会社は、外部による分析を受ける事で、「各事業の状況(事業ライフサイクルにおける位置)」をはっきりさせ、それを基に「各事業への適切な投資スタンス」を確認する事が出来ました。そして、それを基に議論を深める事で、社内の反発を乗り越え、経営者は正しい判断をする事が出来ました。
③
事業への投資について判断を行う際には、「社内の常識」や「社内における声の大きさ」に惑わされる事なく、適切な分析結果を基に、正しい判断をするようにして下さい。
そして、社内に分析する能力が不足している場合には、その為の体制を構築する事から始めるようにして下さい。
もし、適切ではない投資判断を行った場合、「事業が成長するチャンスを逃す事」や「事業が失速する事」にも繋がります。そして、その失敗を挽回する事は容易ではありません。
判断を適切に行う為の準備は決して楽ではありませんが、そうしたリスクを意識して頂ければ、その大切さは理解して頂けると思います。