事例研究(経営支援)

事例「若手の退職を止めたい」(社員ニーズの把握)

若手社員の退職が止まらない。経営者は対策に熱心だったが、実は退職理由については理解出来ていなかった。社員の満足度を上げる為に必要な「社員ニーズの把握」が難しかった理由とは。

この記事では、経営支援の事例を取り上げ、経営や事業運営に関して問題を抱えた状態をどのように変化させる事が可能なのかについて紹介します。事業に携わる方で、問題が解決した先が見えずに悩まれている方に参考にして頂ければ幸いです。

支援前の状態

  • 若手社員の退職が止まらない。他に魅力的な会社を見つけると、簡単に転職してしまうようである。
  • 経営者は、退職率を下げる為に待遇の改善を計画している。
  • 事業は、各地を巡回して商品を販売するイベント(催事)の企画運営。

支援内容と支援後の状態

この会社は、全国各地で販売イベントを開き、他社から仕入れた商品を販売する事を事業としていました。この会社には、その為のチームが複数あり、各チームが全国を移動しながらイベントを運営していました。

採用に関しては、新卒採用が中心でした。入社した社員は、例外なく販売イベントを運営するチームに配属され、先輩社員の指導を受けながら一人前になり、最終的にチームリーダーに育っていく事を期待されていました。

しかし、近年は、「入社した社員の殆どが数年経つと辞めてしまう」という問題が起きていました。

そして、その噂が広まった結果、昨今は新卒採用も難しくなりつつありました。この問題に対して、経営者は、「待遇改善(主に給与面)を行う事によって、社員が辞めない会社に変えたい」と考えていました。

若手社員の仕事内容と待遇を把握させて頂いた所、確かに大変な仕事である事が解りました。移動も多く、長時間労働になりがちな環境でした。そして、仕事の大変さの割に、給与面での待遇は他の業界よりも悪く、転職を考える社員の気持ちも理解は出来ました。

この為、経営者の求めに応じて、「待遇の改善策(給与面での改善を中心に、労働環境全般の見直し)」を検討する事にしました。ただし、同時に、「こうした待遇面の改善のみで、社員の退職を止める事が本当に出来るのか」という点についても確認を行う事にしました。

数ヶ月後、経営者が求めていた「待遇の改善策」をまとめあげる事が出来ました。仕事内容が大きく変わる訳ではありませんが、少なくとも、待遇面で他社に見劣りせず、労働時間などの面でも、相当な改善を見込むものです。

しかし、社員の退職に関する調査を行う中で、気になる点が見つかりました。

それは、「退職者の転職先を調べると、退職前よりも待遇の良い会社(業界)に転職していないケースが多い」という事でした。

この調査結果は、経営者が想定していた退職理由(自社の待遇の悪さが原因)とは矛盾します。この点を放置したまま、改善策を導入しても、対策は失敗に終わる可能性が高いと考えられました。

この為、改善案の導入は延期し、社員の本当の退職理由について把握する作業を続ける事にしました。そして、若手社員への調査を繰り返す事で、この矛盾を解き明かす事は出来ました。

実は、この会社は、マーケティングを専攻している学生を対象に採用活動を行っていました。そして、学生に対しては、「様々な販売イベントの企画をする」という事を仕事内容として説明していました。

その結果、学生は、「自分達で企画した販売イベントを実現する事が出来る」という事に魅力に感じ、この会社に入社してきていました。

しかし、実際の職場は、新入社員の期待に応えられるものではありませんでした。この会社には、年功序列の考え方が強く残っており、新入社員が販売イベントに関する企画を通す事は困難であったのです。

勿論、新入社員も、企画を通す苦労がある事は予想していました。この為、新入社員の多くは、入社後、自分の企画を通そうと努力を続けました。

しかし、自分の企画が全く通らず、そして、その理由が「自分の企画の質の低さ」ではなく、「年配社員が新しい事をしたくない」といった理由である事が解ってきた頃、夢破れて退職を決める社員が続出していたのでした。

年配社員は、失敗せずに定年まで勤め上げられる事を最優先に考えていました。こうした社員にとっては、失敗するリスクのある新しい企画は避けたかったのです。そして、安定的な売上を維持したい会社も、これを大きな問題とは考えていませんでした。

ここまでの分析が終わった段階で、経営者には今後の方針について決断を求めました。

まず、「既にまとめ終わっている待遇の改善策を予定通り導入する」という選択肢がある事は説明させて頂きました。この場合、経営者の期待通り、一定の退職率の低下を見込む事は出来ました。

しかし、この対策では、問題の抜本的な解決にはなりません。退職の理由が、「自分の能力が活かせない仕事内容」である以上、企画力の高い優秀な若手社員ほど退職していく事は避けられないと予想されました。

そして、もう一つの選択肢も提案させて頂きました。

それは、「仕事の内容を、若手社員が満足するものに変更する」というものです。すなわち、「若手社員でも企画を通せるようにする」という事です。

ただし、この方針は、年配社員と衝突する事が明白でした。この為、実現にあたっては困難が予想される事も十分に説明させて頂きました。

経営者はかなり悩まれ、最終的に、「若手社員の仕事内容を変える」方を選ばれました。

今の年配社員による企画運営を続けた場合、販売イベントが「前年踏襲の企画」ばかりになってしまい、会社の未来が無い事を理解されたのです。

しかし、経営者が決断された後も、若手社員の為の改善は簡単には進みませんでした。年配社員の反発が、経営者の予想を超えるものであったのです。

結局、年配社員を完全に排除し、外部から引き抜いたチームリーダーと若手社員のみで構成された新しいチームを作る事になりました。こうした試行錯誤により、ようやく若手社員の企画が通る環境を実現させる事は出来ました。

こうして、この会社は「若手社員が、満足して仕事が出来る環境」を用意する事が出来ました。そして、それは、「若手社員が育つ環境」でもあるはずです。経営者は、若手社員が活躍する会社の将来を期待出来るようになりました。

当社から見た解説

社員の満足度を上げる為の検討が、今ほど難しい時代は過去に無かったと思われます。

その理由の一つは、「社員が仕事(会社)に求めるもの」が多様化してしまった事にあります。この多様化は、一つの会社の中ですら進んでおり、「世代が異なると、価値観が大きく異なっている」という事が珍しくありません。

これが、経営者による検討を難しくしています。

多くの場合、経営者の周りには、自分に近い階層(職位・年令など)の社員しかおらず、社内の多様な価値観を理解する事が難しい状況にあります。若手社員と話せた所で、本音を聞き出す事は困難です。

今回の会社のケースでも、「年配社員」と「若手社員」では、「仕事に求めるもの」が大きく異なっていました。そして、若手社員の退職を止める為には、その世代が求めるものを正確に理解する必要がありました。

しかし、退職者は本当の退職理由を会社には伝えていませんでした。理由は色々とあったようですが、日頃のストレスの原因であり、話が通じないと解っている相手(会社や年配社員)に対し、本音を話す事はあり得なかったようです。

結果、「他に良い会社が見つかった」といった退職理由しか、会社としては把握出来ていませんでした。

社員の退職率を下げる為には、非常に難易度は高いですが、「社員がどのような価値観で仕事をしているのか」という事を継続的に把握し、表面的な待遇だけでは計れない部分についても理解する事が求められます。

そして、その為には、社内の人事部や上司による情報収集だけでは十分とは言えません。今回のケースのように、そうした相手を、退職者が「本音を話したい相手」とは思っていない事が少なくないのです。

社員の満足度を改善したい場合には、まず、「社員が求める内容(ニーズ)を確実に把握する仕組み」が自社において構築出来ているかどうかを確認するようにして下さい。

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